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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)43号 判決

原告 株式会社 松一

被告 浅草税務署長

訴訟代理人 新井旦幸 外三名

主文

1  被告が昭和四一年六月二九日付で原告の昭和三八年九月一日から同三九年八月三一日までの事業年度の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定は、課税所得金額三二四万九五〇四円を基礎として算出される税額をこえる限度において取り消す。

2  被告が昭和四一年六月二九日付で原告の昭和三九年九月一日から同四〇年八月三一日までの事業年度の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定は、課税所得金額三七五万二九八一円を基礎として算出される税額をこえる限度において取り消す。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四一年六月二九日付で原告の同三八年九月一日から同三九年八月三一日までの事業年度(以下「昭和三九年度」という。)の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定は、課税所得金額一一四万八一〇九円を基礎として算出される税額をこえる限度において、取り消す。

2  被告が昭和四一年六月二九日付で原告の昭和三九年九月一日から同四〇年八月三一日までの事業年度(以下「昭和四〇年度」という。)の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定は、課税所得金額一五万五九八一円を基礎として算出される税額をこえる限度において、取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二原告の請求原因

一  本件各処分の経緯

1  原告は、青色申告書提出の承認をうけた法人であるが、昭和三九年度の法人税について、同年一〇月三一日、課税所得七七万〇〇七四円、税額一九万四〇七〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四一年六月二九日付で、課税所得を五七一万二八五九円、税額を二一三万一〇二〇円とするとの更正(以下「本件(一)更正」という。)および過少申告加算税九万五六五〇円の賦課決定をした(以下右両処分を合わせて、「本件(一)処分」という。)。そこで、原告は被告に異議申立てをしたが、棄却されたので、さらに東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は、同四二年一一月一五日付で、課税所得を四二一万五三八〇円、税額を一四七万九四〇〇円、過少申告加算税を六万三一〇〇円とする旨の原処分の一部取消しの裁決(以下「本件(一)裁決」という。)をした。

2  原告は、昭和四〇年度の法人税について、同年一一月一日、欠損一七五万九四五三円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四一年六月二九日付で、課税所得を五八七万七四五五円、税額を二〇七万三二八〇円とするとの更正(以下「本件(二)更正」という。)および過少申告加算税一一万〇〇五〇円の賦課決定をした(以下右両処分を合わせて、「本件(二)処分」という。)。そこで、原告は被告に異議申立てをしたが、棄却されたので、東京国税局長に審査請求をしたところ、同局長は、同四二年一一月一五日付で、課税所得を五七一万〇〇八〇円、税額を二〇〇万六〇〇〇円、過少申告加算税を一〇万六七〇〇円とする旨の原処分一部取消しの裁決(以下「本件(二)裁決」という。)をした。

二  本件処分の違法事由

しかしながら、本件各処分は、次の理由により違法である。

1  更正の理由附記の不備

本件(一)(二)更正は、法人税法一三〇条二項の規定に反し、更正通知書に更正の理由を附記しない違法がある。

(一) 被告は、原告が損金として計上した松井一貫に対する昭和三九年度の支払利息九六万五八七六円および同四〇年度の支払利息九七万五五九九円を本件(一)(二)更正において否認したが、各更正通知書にはその理由として単に「期末に計上した代表者松井一貫氏個人よりの借入金に対する未払利息」との記載があるにすぎず、これらを否認する理由は全く明らかにされていないから、理由の附記がないのと同然である。

そして、更正に理由附記が要求される趣旨は、処分庁の判断の合理性を担保するとともに、納税者の不服申立てに便宜を与えることにあるのであるから、右の瑕疵は、その後の異議決定書あるいは審査裁決書等に補充的な理由の記載をすることによつて治癒されるものではない。

(二) 被告は、原告が昭和四〇年度の損金として計上した光信用金庫浅草橋支店に対する支払利息九八万一五〇〇円を、本件(二)更正において否認したが、更正通知書にはその理由として、単に「光信用金庫浅草橋支店の代表者松井一貫個人名義借入金に対する支払利息」と記載したにすぎず、否認の理由が全く附記されていないから、法の要請する理由の附記がないものというべきである。また、右の瑕疵が、その後の審査裁決書等の補充的な記載によつて治癒されるものでないことは、(一)において述べたとおりである。

2  否認の違法性

仮に、右主張が理由がないとしても、本件(一)(二)処分には、次のとおり原告の正当な損金計上を否認して課税所得額を誤認した違法がある。

(一) 被告は、原告の昭和三九年度の課税所得の認定にあたり、(1)館山食品工業株式会社(以下「館山食品」という。)関係の支払利息一五五万八七七五円、(2)松井一貫に対する支払利息九六万五八七六円、(3)館山食品よりの仕入代金五四万二六二〇円を否認し、また昭和四〇年度の課税所得の認定にあたり(4)館山食品関係の支払利息三〇九万七〇〇〇円、(5)松井一貫に対する支払利息九七万五五九九円、(6)光信用金庫に対する支払利息九八万一五〇〇円、(7)館山食品に対する支払家賃五〇万円をそれぞれ否認した。

(二) しかし、右の各損金否認は、以下に述べるとおり違法というべきである。

(1) 館山食品関係の支払利息昭和三九年度分一五五万八七七五円および同四〇年度分三〇九万七〇〇〇円原告は、後記(2)の経緯により、自己の取引先である館山食品に金融を得させる目的で同社に宛て融通手形を振り出していたが、館山食品は昭和三八年一一月三〇日倒産するに至り、その際右手形の未決済分が総額約一五〇〇万円にのぼつた。しかし、原告は、右各手形金を直ちに支払うだけの余裕がなかつたので、各手形の所持人に対し延期利息を支払つて手形の書替えをし、また、書替えに応じない一部の者に対しては、他から融資をうけて支払いを了した。そして、これらのために原告が支出した利息の合計が、昭和三九年度中に一五五万八七七五円、同四〇年度中に三〇九万七〇〇〇円に達したものである。

ところで、右利息の支払いは、原告の資金不足から生じた支出であり、これについて館山食品が負担する旨の約定もなかつたのであり、また、これを支払うことは原告の倒産を防ぐために不可欠であつたのであるから、原告の損金というべきである。

(2) 松井一貫に対する支払利息昭和三九年度分九六万五八七六および同四〇年度分九七万五五九九円

原告は、原告の代表取締役松井一貫(以下単に「松井」という。)に対し、同人からの借入金に対する右各事業年度分の利息として右各金額を支払つた。被告は、原告の館山食品に対する貸付金が実質上はすべて原告の松井個人に対する貸付金であり、松井が個人的恩義により館山食品に融資した関係にあるから、原告の松井からの借入金債務は右貸付金債権と相殺されるという見解を前提として右各支払利息の損金性を否認するが、このような前提は、原告が館山食品に対して貸付けをするに至つた次のような取引上の事情からして失当である。

すなわち、原告は、代表取締役の松井の資産の管理を目的として昭和三一年設立され、同三三年同人の営んでいた低所得者層への奉仕を目的とする弁当の製造、販売および大衆食堂の経営を引き継いだものであるが、昭和三六年八月ころより、松井とは旧知の間柄で従来から取引のあつた小高熹郎の懇請があつたことと、右小高の地元における名望を利用することにより館山方面の農・漁民との直接取引によつて原告の食品販売事業の発展を期するために、右小高の設立にかかり、魚貝類の缶詰等の製造・販売を目的とする館山食品に対して融通手形の交付、光信用金庫浅草橋支店から原告が融資をうけた一〇〇〇万円の貸付けなどにより融資をし、同社が経営不振に陥つてからも債権の回収を図るために融資を続けてきたのである。したがつて、原告の右融資は、結果的には失敗に終つたとはいえ、原告会社としての経済的な合理性があつたものであり、松井個人の利益のためにしたものでないことは明らかである。

それゆえ、原告の松井からの借入金債務が、被告主張のように、館山食品に対する貸付金債権と相殺されるいわれはないわけである。

(3) 館山食品からの昭和三九年度分の仕入代金五四万二六二〇円

原告は、館山食品に対し、昭和三八年六月から同年一二月までの期間中の同社から缶詰類の仕入代金の一部として右金額を支払つたものであるが、原告がこれを期末に一括計上したのは、正規の会計処理によつてその計上もれが発見されたことによるものであり、また、当時原告と館山食品との間の取引が複雑を極め、双方の帳簿の対照すら困難な状態にあつたのであるから、単に右金額が期末においてさかのぼつて計上されたり、館山食品の帳簿に登載されていないということだけで、その存在を否認することは、失当というべきである。

(4) 光信用金庫に対する昭和四〇年度分支払利息九八万一五〇〇円

原告は、館山食品に融資するために、光信用金庫浅草橋支店から松井名義で合計一〇〇〇万円を借りうけ、同金庫に右借入金に対する昭和四〇年度中の利息として九八万一五〇〇円を支払つたのであるが、右借入れに当つて松井名義を用いたのは、その担保物件の不動産が登記簿上同人名義となつていたところから、右金庫の申出に応じて借主名義もこれに合わせたまでであつて、真実の借主は原告であり、もとよりその利息はすべて原告が支払つたのであるから、被告が単に形式をとらえて原告の借入金たることを否認したのは失当である。

(5) 館山食品に対する昭和四〇年度分支払家賃五〇万円

原告は、昭和三九年一月一八日館山食品から同社の工場、設備一切を賃借して、同工場に館山支店を開設し、缶詰類の製造を始め、その後館山食品の大口債権者の一つである神田産業株式会社のために一時右工場を明け渡したが、同年一一月事業を再開し、同四二年ころまで同所で弁当の製造等を行なつてきたが、その間の同三九年一一月一日から同四〇年八月三一日までの未払家賃四〇〇万円のうち三五〇万円を館山食品への貸付金に対する利息と対等額で相殺したので、同社に右家賃の残額五〇万円の支払義務を負つたのであつて、右が未確定債務でないことは明らかである。

三  結論

よつて、原告は被告に対し、本件(一)処分のうち東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分を、課税所得金額一一四万八一〇九円を基礎として算出される税額をこえる限度において(すなわち、前項(一)の(1)ないし(3)の合計金額に相当する部分について)取り消し、本件(二)処分のうち東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分を、課税所得金額一五万五九八一円を基礎として算出される税額をこえる限度において(すなわち、前項(一)の(4)ないし(7)の合計金額に相当する部分について)取り消すことを求める。

第三請求原因に対する被告の答弁および主張

一  請求原因事実のうち、請求原因一の事実、同二の1の事実中、被告が原告主張のとおり損金を否認したことおよび各更正通知書に附記された更正の理由が原告主張のとおりであること、同二の2の(一)の事実、同二の2の(二)の事実中原告が昭和三一年に設立され、原告主張のような内容の事業を行なつていたこと、原告の代表取締役松井の知人である小高熹郎の設立にかかる館山食品が魚貝類の缶詰の製造・販売をしていたが、経営不振に陥り、昭和三八年一一月三〇日倒産したこと、原告が館山食品宛てに融通手形を振り出していたが、右手形の書替えに要した利息総額が昭和三九年度は一五五万八七七五円、同四〇年度は三〇九万七〇〇〇円に達したこと、原告が昭和三八年六月から同年一二月までの間の館山食品よりの仕入代金の計上洩れとして同年一二月三一日合計五四万二六二〇円を一括計上したこと、原告が館山食品の工場に館山支店なるものを開設して、缶詰類の製造をし、右工場を使用していたことは、いずれも認めるが、その余の主張事実は否認する。

二  更正の理由附記の適法性

1  青色申告者に対する更正に理由附記を命じた法の趣旨は、処分の合理性を担保するとともに、納税者の不服申立てに便宜を与えることにあるところ、もともと青色申告者は正確な所得実績を導き出すに足りる誠実かつ、信頼性のある帳簿、書類を完備し、かつ、相当の会計知識を有する者であることが前提とされているのであるから、更正の理由記載の程度としては、右のような納税者が、事業の個別的な諸事情とあいまつて、更正の理由を了知しうるものであれば足りるものと解すべきである。

そして、右の観点からみると、本件(一)(二)更正の通知書における附記理由は、原告の提出した財務諸表と照合すれば、いかなる勘定科目についていくらの金額がどのような理由で否認されたかを知りうるに十分であるから、法人税法一三〇条二項に違反するものとはいえない。

2  仮に、右理由附記に不備があるとしても、このような瑕疵は、訴願手続中で補完されることによつて治癒されるものと解すべきところ、本件(一)(二)更正に対する異議決定および審査裁決の通知書には、更正の理由をふえんして説明した理由の記載がされているから、原告主張の瑕疵はこれによつて治癒されたものというべきである。

三  損金否認の適法性

被告のした損金の否認は、次に述べるような理由に基づくものであつて、いずれも適法である。

1  館山食品関係の支払利息(昭和三九、四〇年度)

右支払利息は、原告名義で館山食品に宛て振り出された融通手形の書替えのために支払われたものであるが、これは本来当該手形の割引を受けた館山食品が負担すべき性質のものである。したがつて、原告が振出人としてこれを支払つても、その支払いにより原告は、館山食品ないしは後記2のとおり実質上の貸主である松井に対して求償権を有しているのであるから、右の支払利息が直ち原告の損金となるいわれはない。

2  松井一貫に対する支払利息(昭和三九、四〇年度)

原告の財務諸表によると、原告の松井からの借入金の期末残高は、昭和三九年度において一一七八万二三四三円、同四〇年度において一二一九万四九八九円であり、また、館山食品に対する貸付金の期末残高は、同三九年度において二二五二万三〇六七円、同四〇年度において三〇七五万八〇三〇円であるところ、右の館山食品に対する貸付金は、次のとおり、松井個人が原告の資金を流用して貸し付けたものである。

すなわち、原告と館山食品との取引が内容的にも数額的にも極めて限られたものであつたことからみても明らかなように、原告が館山食品に対して原告主張のような多額の融資をすべき合理的な理由もなければその必要もなく、むしろ、松井が館山食品の発行株式の五六パーセントを取得し、同社の取締役に就任して同社を支配していたことに鑑みれば、同人が個人の資格で原告の資金を流用して融資をして来たところ、たまたま館山食品の倒産によつて回収が困難となつたので、自己の損失を原告に転化するため、帳簿上それを原告の貸付金であるかのような処理をしたにすぎないものである。

したがつて、原告としては、松井に対して帳簿上の前記の「館山食品に対する貸付金」と同額の債権を有しており、しかも、その金額は前述のとおり原告の松井からの借入金の額を上廻つているのであるから、これと対等額で相殺されるべきである。

また、仮に、原告主張のように、右の館山食品に対する貸付金が真実原告のものであるとしても、原告は、右各事業年度において、該貸付金に対する利息を益金に計上していないのであり、右は松井に対する前記支払利息を上廻るから、結局右支払利息は損金として計上すべきでないことになる。

3  館山食品よりの仕入代金(昭和三九年度)

原告が館山食品よりの昭和三九年度の仕入代金として期末に計上した五四万二六二〇円の内訳は、昭和三八年六月六万九七四〇円、七月三万六〇〇〇円、八月六万五七〇〇円、九月一五万一八〇〇円、一〇月八万八七四〇円、一一月四万三五六〇円、一二月八万七〇八〇円となつているが、被告において調査した結果、そのような仕入をした事実が認められなかつたので、これを過大計上と認めて否認したのである。

4  光信用金庫に対する支払利息(昭和四〇年度)

館山食品は光信用金庫との取引実績がないところから、かねて同信用金庫に実績のあつた松井一貫の名義を用いて、同人の保証のもとに、同信用金庫から一〇〇〇万円を借り受けたものであるから、右借入金から生じた利息金が原告の損金とならないことは明らかである。

5  館山食品に対する支払家賃(昭和四〇年度)

原告と館山食品との間に昭和三九年一月一八日館山食品の工場施設等について締結された賃貸借契約の実質は、使用貸借であり、仮に賃貸借であるとしても、右契約は同年三月三一日に合意解除され、その後賃貸借契約の締結された事実はない。また、仮に、原告が昭和四〇年度において館山食品の工場施設等の使用に対してその対価を支払うべき義務を負担していたとしても、原告の計上した五〇万円は、債務として確定したものとは認められない。

以上の各理由と、原告が松井の支配する同族会社であることからみて、被告のした損金等の否認は、いずれも適法というべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本件各処分の存在等

請求原因一の事実(本件各処分の経緯)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  更正の理由附記の有無

そこで、まず、本件各更正の更正通知書に原告主張のように更正理由を附記しない違法があるか否かについて検討する。

1  青色申告書にかかる法人税の課税標準等について更正を行なう場合、更正通知書に更正の理由の附記が要求されている(法人税法一三〇条二項)のは、青色申告者の所得の計算が法定の帳簿書類に基づいてなされるべきことに対応して、更正をする処分庁の判断が合理的根拠に基づいて慎重にされるべきことを担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を納税者に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものということができるから、更正の理由の記載は、申告の基礎である帳簿書類との関連において、処分庁が申告にかかる所得の算出根拠のいかなる点にどのような誤りがあると判断し、どのような根拠に基づいて更正の結論に達したものであるかを客観的に明らかにする程度のものであることを要すると解すべきである。

2  そこで、本件についてこれをみると、被告は、本件(一)(二)更正において原告が損金として計上した松井に対する昭和三九年度の支払利息九六万五八七六円および同四〇年度の支払利息九七万五五九九円を否認したが、各更正通知書には、その理由として単に「期末に計上した代表者松井一貫氏個人よりの借入金に対する未払利息」と附記されていることは当事者間に争いがないところ、右の附記理由は、申告中の否認の対象となつた項目および金額を特定したにとどまり、何故に右損金計上を否認するかについての具体的根拠が明らかにされているということはできず、更正理由の附記としては不充分であつて、違法というほかない。

また、被告は、本件(二)更正において、原告が昭和四〇年度の損金として計上した光信用金庫浅草橋支店に対する支払利息九八万一五〇〇円を否認したが、更正通知書にはその理由として単に「光信用金庫浅草橋支店の代表者松井一貫個人名義借入金に対する支払利息」と記載されていることは、当事者間に争いがないところ、右の附記理由は、申告中の否認の対象となつた項目および金額を特定したにとどまり、何故に右損金計上を否認するかについての具体的根拠を明らかにするに足るものではない。すなわち、右の記載自体からは、右借入金の実質的な借主が原告以外の者であるとの趣旨が明らかにされておらず、まして、被告が第三の三の4において主張するように、これが館山食品の松井名義使用による借入金であるゆえに否認するとの趣旨であるとはとうてい了解することはできないから、更正理由の附記として不備であつて、違法といわなければならない。

被告は、更正の理由の記載は、青色申告の納税者が事案の個別的な諸事情と相まつてその理由を了知しうるものであれば足りる旨主張するが、前記法条の趣旨からして、たまたま納税者が更正通知書に記載されていない更正理由を他の何らかの事情と相まつて了知し、あるいは推知しえたとしても、書面による客観的な理由附記により処分庁の判断の慎重、合理性を担保しようとする法の要求をみたしたことにはならないのであるから、被告の右主張は失当というべきである。

また、被告は、更正通知書の理由附記に不備があるとしても、かかる瑕疵は訴願手続で補完されることによつて治癒される旨主張するが、更正通知書に理由附記が要求される趣旨が前記説示のとおりであることに鑑みれば、このような被告の見解が採用できないことは明らかである。

3  ところで、更正の理由附記は、誤りがあるとされる項目が数個ある場合には、各項目ごとに理由を示して行なう必要があることはいうまでもないが、このような場合に、その中の一部の項目についての理由附記に不備があつても、それがいまだ更正全体の理由附記を不備ならしめる程度にいたらないときは、右処分全部を違法ならしめるのではなく、処分のうち当該項目に関する部分を違法とするに過ぎないものと解するのが相当である。思うに更正の理由附記の違法は、処分の手続に関するものではあるけれども、更正の理由は、各項目ごとに別個であり、その一部の項目の理由の不備が当然に処分全体を違法ならしめると解すべき必然的な理由はなく、かえつて、更正に理由附記を命じた前記法の趣旨にかんがみ、一部の項目についての理由不備の場合は、その項目に関する部分のみを違法と解すれば、一応法の趣旨を全うすることができ、かつ、衡平の理念にも適うと解されるからである。

三  損金否認の適法性

請求原因二の2の(一)の事実(被告の損金計上の否認)は、すべて当事者間に争いがない。

そこで、次に、右各損金否認のうち、前項においてすでに理由附記の不備により違法と判断した(2)および(5)の松井に対する支払利息否認ならびに(6)の光信用金庫に対する支払利息否認の各点を除き、その余の否認の適法性の有無について以下に順次判断する。

1  館山食品関係の支払利息昭和三九年度分一五五万八七七五円および同四〇年度分三〇九万七〇〇〇円について

証人宮武利之、同越寿雄、同林勤治、同小高熹郎、同長谷川寛、同松井正人の各証言および弁論の全趣旨を総合すると(ただし、争いのない事実を含む。)、原告が館山食品に宛て多数の融通手形を振り出し、館山食品がこれを金融機関ないし金融業者に割引譲渡していたところ、館山食品は昭和三八年一一月三〇日倒産し、支払不能となつたこと、原告は右融通手形を各満期に支払う資金がなかつたので、各手形所持人に延期利息を支払つて手形を書替え、書替えに応じない一部の者に対しては、他から金融を得て支払うなどして、順次その決済を行なつたが、これに要した利息金が昭和三九年度は一五五万八七七五円、同四〇年度は三〇九万七〇〇〇円に達したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、被告は右館山食品に対する融資の実質上の貸主は松井であつて、原告は松井に対して右支払利息に相当する金額の求償権を有するから右の支払利息が直ちに原告の損金とはならない旨主張するのでこの点について判断する。

いずれも成立につき争いのない甲第一〇、第一七、第一八号証、乙第一号証の一、二、第六、第九号証、証人小高嘉郎、同越寿雄(一部)、同林勤治(一部)、同長谷川寛(一部)、同松井正人(一部)、同宮武利之の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  松井は、昭和一四、五年ころ友人石居和夫の弟小高熹郎と知り合い、松井が食堂等の経営をしていた関係で当時館山市で漁業兼冷凍・製氷業を営んでいた小高から水産物を食堂材料として買いうけるようになり、その後小高が役員をしていた東海漁業株式会社から小高の斡旋で鯨肉を購入することも加えて取引を継続してきた。一方、小高は、館山市周辺を選挙地盤にして昭和二二、三年から千葉県議会議員に、同三〇年からは衆議院議員に選出され、衆議院水産委員会委員、文部政務次官等を歴任したものであるが、衆議院議員当時、松井のために、同人が熱海市に建設を企てた結核療養所について関係官庁の許可を得られるよう尽力したほか、松井経営の都内浅草橋の食堂で中毒事件が発生したとき、同食堂が営業停止処分を受けないように関係当局と接渉するなど、松井のために無報酬で奔走してやつた。

ところで、小高は昭和三三年九月館山食品を設立し、同三六年一〇月ころ館山市内に工場を設けて魚貝類の缶詰の製造、販売を開始したがその際、松井からその資金として六〇〇万円を借りうけ、松井は自ら同社の取締役に就任した。その後も小高は館山食品の経営について松井に資金の援助を求め、これに対し、松井は、小高に対する従前からの恩義もあり、また、将来館山食品を通じて原告が必要としている安価な食品原材料の大量仕入れが可能になることも期待して、随時、金融機関での割引きの便宜上、松井個人の振出名義のみならず、主にその経営にかかる原告の振出名義の融通手形を交付する方法で館山食品に援助を与えてきた。その間松井は、小高に貸し付けていた四五〇万円の債権の代物弁済として同人から館山食品の株式九〇〇〇株の譲渡をうけて株主となり、また昭和三八年五月二八日小高とともに館山食品の代表取締役に就任したが、同社の実際上の経営は依然として小高が行なつていた。しかし、館山食品は昭和三八年夏頃から資金繰りが苦しくなつて、松井経営の原告から振出しをうける融通手形の額が増大し、さらに松井を通じて光信用金庫から一〇〇〇万円を借りうけるなどしたが、結局同年一一月末ころ倒産するに至り、総額二〇〇〇万円をこえる原告振出しの融通手形が未決済のまま残されたものである。

(二)  原告は、昭和三一年七月主として松井の出資によつて資本金一〇〇万円として設立され、同人の支配、運営の下に当初は同人所有の不動産の管理を行なつていたが、その後は松井の経営になる弁当の製造、販売および食堂の経営も引継いで行なつてきたものであるところ、松井と小高との前記取引関係に基づき、館山食品から食堂ないし弁当用材料を購入したが、その仕入高は、昭和三八年度において総仕入高六千数百万円、同三九年度において総仕入高七千数百万円であるのに対し約一〇〇万円ないし二〇〇万円という少額にとどまつた。また、原告は貸借対照表上、昭和三八年度には小高に対する七二万余円の貸付金を計上しているにすぎないのに、本件係争にかかる同三九年度において、突如館山食品に対する長期貸付金として二二五三万余円を、同四〇年度に同貸付金として三〇七五万余円をそれぞれ計上するに至つたものである。

以上の認定と符合しない証人松井正人、同越寿雄、同林勤治、同長谷川寛の各証言の一部は、前掲各証拠に対比して採用できない。そして右認定事実を総合勘案すると、原告としては館山食品に対して多額の融資をするだけの経済的必要性に乏しく、とくに館山食品が経営不振に陥つた後においてもさらに融資を続けるに足りる合理的理由はなかつたほか、原告が貸主であるとすれば、その貸借対照表上の貸付金計上が前記(一)の融通手形による貸付の経緯に対応しないという不自然さをぬぐいえないことになるのであり、他方、松井は、前記のような小高との個人的恩義の関係等から、小高ないし同人経営の館山食品に対し融資をせざるを得なかつたものということができるから、結局、原告名義の前記融通手形による館山食品への融資における真実の貸主は原告ではなく、むしろ松井個人が原告の資金を用いて融資したものと推認することができる。

もつとも、証人越寿雄、同長谷川寛、同林勤治、同松井正人の各証言によると、原告は小高が館山市周辺では名士であり、水産界にも力があるので、小高の経営する館山食品を通じて、将来館山へ進出し、弁当や食堂の原材料を廉価で大量に仕入れたいとの希望をもつていたこと、原告の代表取締役松井は、かねてから低所得層を対象とする食堂および弁当販売に熱意を持つており、その原材料の廉価、大量購入のため、館山食品に対する資金援助を進めたのであるが、館山食品の経営状態について、かなり後になるまで知らされていなかつたこともあつて、いよいよ右融資に深入りし、同社の経営不振に気付いた後も、その建て直しのためにさらに資金を注ぎ込んだことが窺われるが、原告の館山進出による原材料の廉価、大量購入の見通しなるものは、前記認定の当時の館山食品との取引高が極めて微量であつたことから考えて、いたつて稀薄であつて、原告の館山食品に対する多額の融資の理由としては甚だ薄弱であり、また、経営不振に陥つた館山食品に対して、その再建のためとはいえ倒産直前まで高額の資金援助をすることは、利潤追求を目指す企業体としては余りにも合理性に欠けるというほかなく、松井の独特の経営姿勢あるいは性格を考慮するとしても、結局、松井の小高との個人的親密関係に由来するものと解さざるを得ないから、いずれも前記認定の妨げとはならない。

してみると、原告は、前記の融通手形の書替えのために支払つた利息について、真実の貸主である松井に対して、求償することができるものというべきであるから、原告の右支払利息の損金計上を否認した被告の処分に違法はないといわなければならない。

(なお、館山食品に対する融資者が原告であるとしても、前掲各証人の証言によれば、館山食品は原告提出の融通手形の満期までに手形決済資金を原告に支払い、原告には資金上の負担をかけない約であつたことが認められるから、館山食品において手形決済資金の調達ができず、やむをえず原告が手形書替利息の支払いをした以上は、両者間に明示の約定がなくても、原告は館山食品に対して右支払利息に相当する立替金または貸付金債権を取得したものと解するのが、融資当事者の意思解釈にそうゆえんである。したがつて、この場合は、原告は支払利息額に相当する館山食品に対する債権を取得するわけであるから、その損金計上を否認した被告の処分は、いずれにしても正当である。)

2  館山食品からの昭和三九年度の仕入代金五四万二六二〇円について

原告が、昭和三八年一二月三一日に同年六月から同年一二月までの間の館山食品よりの仕入代金の計上洩れとして、合計五四万二六二〇円を一括計上したことは、当事者間に争いがない。そして、証人宮武利之の証言によると、宮武は被告の職員として原告に対する税務調査をした際原告に右仕入について納品書、請求書等の証拠書類の提出を求めたのに、その提出がなく、かつ、館山食品の帳簿書類を調査しても、右仕入に対応する原告への売上げの記帳がなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、会計帳簿の信頼性が高く評価されるのは、それがすべての取引をその生起の順に整然と記録するものであることによるのであるから、右のように継続的な取引について相当期間にわたる記帳洩れがあつたというような場合には、その帳簿の信頼性は著しく滅殺されざるを得ないのである。のみならず、当該取引にかかる証拠資料も保存されていないうえ、取引の相手方である館山食品の帳簿にも記載がないのであるから、原告主張の仕入はなかつたものと認めざるを得ず、被告がこれを否認したのは適法というべきである。

なお、原告は、右のような帳簿における記帳の不備は、原告と館山食品との間の取引が昭和三八年夏ころから複雑を極めていたことに起因する旨主張するが、右主張事実を立証する証拠がないうえ、かりに、そのような事実があつたとしても、帳簿のその部分の信頼性が回復されるわけのものではなく、一方、証人松井正人の証言中右仕入が実際にされたとの部分は具体性に乏しく採用することができず、他に仕入の事実を認めるに足る証拠がない以上、原告の主張は理由がない。

3  館山食品に対する昭和四〇年度分支払家賃五〇万円について

成立につき争いのない乙第五号証の一、二および証人越寿雄、同林勤治、同小高熹郎(一部)、同松井正人(一部)の各証言を総合すると、原告は、館山食品の倒産後これに代つて自ら魚類の缶詰の製造にあたるべく、昭和三九年一月館山食品との間に同社の工場、設備一切を賃料月額四〇万円で賃借する旨の契約を締結したが、そのため館山食品の社会保険関係の債務について右賃料債権が差押えられたほか、原告が右事業で業績をあげ得なかつたこともあつて、同年三月末日をもつて右賃貸借契約を合意解除し、その後を神田産業株式会社(以下「神田産業」という。)が賃借して缶詰の製造を行なつたこと、原告は、その後も神田産業の了解の下に右工場の一部分を使用して弁当用の食品材料の仕入、加工等を行なつていたが、昭和四〇年五月頃神田産業が事業に失敗して右工場から退去して以来、他に借り手もないままに、徐々にその使用面積を拡げて行き、後には右工場敷地の約半分を使用するに至つたことが認められ、証人松井正人、同小高熹郎の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に対比して採用できない。

ところで、原告は、館山食品との間において昭和三九年一一月一日以降もさきに解除された契約におけると同一の賃料額で右工場を賃借する旨の契約が成立したと主張する。なるほど、神田産業が右工場から退去した後は、原告が単独で右工場の約半分を使用していたことは前認定のとおりであるから、原告が相当の賃料で賃借する旨の暗黙の合意が成立していたと解しうる余地もなくはないが、前記認定のとおり、原告の代表者である松井が館山食品に対し資金援助を行なつた結果多額の貸付金債権を有しているうえ、その回収が容易でない状況にあつたこと、原告が館山食品と賃貸借契約を結べば、再び他から賃料債権を差押えられる慮があつたことのほか証人松田鋳司の証言および弁論の全趣旨を合わせ考えると、館山食品は、松井から多額の資金援助をうけて同人に迷惑をかけている関係上、原告に右工場を再び利用させるに際し、とくにその対価を要求することなく、無償で貸したものと推認するのが相当であり、証人松井正人、同小高熹郎の各証言のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠等に照らして採用できず、また、甲第一一、第一五、第一六号証は、いずれもその文書の性質内容に鑑み、右認定を左右するに足るものではない。

よつて、右工場についての前記未払賃料五〇万円の損金計上を否認した被告の本件(二)処分に違法はないものというべきである。

四  結論

以上判示の理由により、原告の本訴請求は、昭和三九年度の本件(一)処分のうち、審査裁決によつて維持された課税所得金額から松井一貫に対する支払利息九六万五八七六円を控除した課税所得金額三二四万九五〇四円を基礎として算出される税額をこえてされた部分、昭和四〇年度の本件(二)処分のうち、審査裁決によつて維持された課税所得金額から松井一貫に対する支払利息九七万五五九九円および光信用金庫に対する支払利息九八万一五〇〇円、合計一九五万七〇九九円を控除した所得金額三七五万二九八一円を基礎として算出される税額をこえてされた部分については、いずれも理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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